SMの語源となった二人の小説家

ソフトなものであれば、パートナーとのセックスに彩りを与えるのがSMプレイです。また、ハードなプレイを求めてSMクラブへ通う人もいるかもしれません。実際にプレイしなくても、「俺ってSだから」「私はMっ気があって」など、軽い話題にものぼりやすい言葉です。
SもMも語源は小説家の名前
SMとは、サディズム(サディスト)とマゾヒズム(マゾヒスト)という、一対になる用語です。サディズムとは嗜虐趣味、加虐趣味のことをいい、これは相手の身体などに虐待、苦痛を与えることで性的快楽を得るという性癖を指します。同様に、マゾヒズムは被虐趣味、Sとは反対に責められること、苦痛を与えられることで快楽を得る性癖です。どちらも精神的な障がいとみなされることもあり、その場合はSとMを区別せずに性的倒錯(パラフィリア)と呼びます。

さて、サディズムとマゾヒズムはどちらもとある小説家を語源としています。サディズムの語源は、18世紀末から19世紀初頭のフランス貴族マルキ・ド・サド公爵です。

サド侯爵は、「復活祭の日に物乞いをしていた未亡人を騙し暴行」「娼館で乱交し娼婦に危険な薬を飲ませる」といった罪を犯し収監されるなど、異常な行動を行なう人物でした。監獄に17年、精神病院に13年と、約30年間を外界から隔絶されるという、壮絶な人生を送っています。そして、その30年間の間に「悪徳の栄え」「美徳の不幸」「ソドム百二十日」といった、背徳的な物語を書き記します。
獄中で書かれた反道徳的な物語
サド侯爵の書いた小説は、いずれも登場人物が次々と悲惨な目にあい続けるものや、他人を陥れながら栄達していくものなど、現在どころか当時の道徳規範、宗教的規律から大きく外れたものでした。描写も暴力的であり、この内容が加虐趣味、いわゆるサディズムの語源とされたのです。

ちなみに、サド侯爵が活動したのはまさにフランス革命の時代でした。1790年に一旦牢獄から釈放されましたが、その後サド侯爵が書いた小説を読んだナポレオンが「この作者を捕らえよ」と命じたために、裁判無しで再び獄中へ、その後精神病院へと送られ、そのまま没することとなりました。
奴隷契約を結び恋人に鞭打たせる男性
一方のマゾヒズムの語源となったのは、19世紀後半に活動した小説家ザッヘル=マゾッホです。マゾッホは主人公が精神的、肉体的に責められることで性的快感を得るという「毛皮を着たヴィーナス」を著します。

物語の主人公は、恋人に自分が苦痛に快楽を見出すという性癖を告白し、主人と奴隷になるという契約書を交わします。鞭打たれ、踏みつけられる関係に当初女性は困惑しますが、次第に女性の方も主人として振る舞うことに慣れていき、最後には旅先で新たな男を見つけて、縄で縛った主人公をその間男に鞭打たせてから出奔していまうのでした。しかしその後、その事自体が「治療」であったという手紙が主人公へ送られ、またそれに主人公も納得してしまいます。

この物語があくまで"マゾヒズムの物語"なのは、主人公を責める女性の側はサディストではなく、他人を責めることに快感を感じていないためです。あくまでも責められる側が、責めてくれるよう懇願し、女性を「教育」していくという、マゾ側から見た物語となっています。

マゾッホがこの小説を書いた後に出会った女性とは、自身が奴隷となる主従契約を結び、そして最終的には逃げられるという、小説の内容と同じ体験をしているのだとか。彼のような本気のマゾヒストと暮らしていくのは、SMの概念がすでにある現在でも大変なはず。19世紀の時代であれば、なおさら破局も仕方がなかったでしょう。